夢は 見るものではなく、 作るものだと 思います。
ここでいう 夢とは、「将来の夢」 などの、実現させたい 夢のことでは なく、 眠っている 間に 見る、夢の ことです。
「見るものではなく」 と 言いましたが、 僕にとって 大半の 夢は 見るものです。 起きたあとに 夢の 内容を 思い出すとき、あたかも 映画や テレビ (または YouTubeなど) を 見たという 感じで、僕は 夢の 視聴者として、第三者の 視点で 夢を 捉えます。 すなわち、夢を 自分で 作ったという 自覚は 普通は なくて、夢は まるで 誰かが 作った 物語のように 思えます。
しかし たまに、自分で 話を 考えながら、 ストーリーを 決めながら 夢を 見ているような、不思議な 夢を 見ることが あります。 普通の 「見る夢」 では、ストーリーは 確定していて、僕は その ストーリーを 夢の 中で 体験します。 僕は その ストーリーを 考えているという 自覚は ありません。 しかし、 たまに 見る 「作りながら見る夢」 では、ストーリーは 決まって いなくて、僕は ストーリーを 考えながら、同時に その ストーリーを 体験して います。 夢の 話なので 説明が 難しいですが、 そんな 不思議な 夢を、たまに 見ます。
夢というのは 一方的に 見せられるものでは なくて、自分で 作りながら 見ている ものなのかも しれません。